本日、おかげさまで30回目の誕生日を迎えることができた。
「いよいよ30歳か…」と(ある意味大台に乗った?と)感じるところもあり、確かに実際には1つ年をとっただけだが、それ以上に意識面での違い、または変化のようなものを感じている。

そう感じる理由の一つは…、

 「三十而立(三十にして立つ)」(孔子『論語』為政篇)

かな…?と思い、この機会に少し考えてみることとした。

 インターネットで調べてみると、実に様々な解説・解釈・考え方があることが(今更ながら)わかる。

 一例を挙げてみると・・・

 ・三十歳になって独立した立場を持つ
 ・三十歳になり,精神的に自立する
 ・三十歳で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した
 ・三十歳で自己の見識を確立し、独立する

 といった感じで、同じようなことを言っているようでも、実は解釈に割と幅があり、それぞれの単語・言葉の定義づけ・意味づけも、上記の例の中でも微妙に異なるように思われる。

 そこで敢えて、「自分の生きていく方向性を確立し、その道に突き進むことを決めた」と私なりに勝手に解釈をしてみたいw

 2年ほど前からずっと感じていた「このまま安穏と30歳を迎えてもいいのだろうか?」「他に進むべき道があるのではないだろうか?」という漠とした不安感と不満感から、ちょうど1年半前に退職を決めた。
 当時は進むべき方向性が定まっていたわけではなかったが、この間、様々に悩み考え、また人との出会いの中で刺激を受け、思う方向を模索しながら過ごしてきた結果、曲がりなりにも自分の生きていく方向性は(少なくとも現時点で判断するに)定まってきているように感じている。

 そう考えてみると、私にとって「三十にして立つ」とは、さらにこれからも自分の進むべき道を極め、まい進していくための、言ってみれば、ひとつのきっかけとすることができそうだ。
これからもご覧のみなさまには様々にご迷惑をかけ、お世話になることばかりと思いますが、ぜひこれからもお力添えをいただければ大変ありがたい限りです。どうぞよろしくお願いいたします。

 なお、(決してささやかではなかったが)30歳の誕生日に自分へのプレゼント。

MacBookAir

9年半にわたってずっとお世話になってきた、Windowsのパソコン(SHARP Mebius)をそろそろ卒業しようかなと考え、MacBookAir(11インチ)を購入。軽くて薄いし、外でもインターネットができるようになるので、さらなる時間の有効活用を図っていけると確信している。

(*ちなみに、まだ使い始めて数日しか経過していないが、MacからWindowsへの移行は非常にスムーズで、特別な設定など、ほとんどないまま同じように使えています。昔ほど(←私の勝手なイメージかも知れませんが?)、MacとWindowsの違いや差はなくなってきているように感じます。)